Créer un site internet
Raising the bar for superior blog

Posts by janessa

  • 頼むよと悲しげに微笑まれては断れない

    頼むよと悲しげに微笑まれては断れない。伊藤は手に持ったおにぎりを口に押し込むとすっと立ち上がって三津の元へ向かった。

    三津はしゃがみ込んで川のせせらぎを眺めていた。たまに手を突っ込んでその流れを肌で感じた。

    「三津さん。」

    伊藤の声に顔を上げた三津は,なぁに?と微笑んだ。植髮

    「木戸さんの暴挙を止められなくてすみません……。気持ちの整理も出来ないまま連れ出す事になって……。」

    「伊藤さんのせいやないですよ。それに気持ちの整理は九一さんに会わない限りつかないです。

    私どんな顔で九一さんに会えばいいですかね?」

    微笑んだままの三津の目は涙でいっぱいだった。

    「小五郎さんの事は嫌いやないし,妻の責務は果たそうと思ってます。

    でも九一さんはそれをどう思うのか分からないから,小五郎さんに対してもどんな対応したらいいか分からんくて……

    さっきも酷い事言いました。」

    三津はそんなつもりじゃないのに気持ちがざわついて平常心を保てないと川面を見つめた。

    『怒ってたんじゃないんだ……。』

    三津の物分りの良さは変わってなかった。自分の置かれた状況,すべき事も理解してる。だけど気持ちが置いてけぼりだった。

    「九一さんには早く会って話がしたいのに,どんな顔して会えばいいか分からへんし,何を話せばいいかも分からへんし……

    九一さんとは夫婦になれないから,この好きって気持ちも持ってたらアカンのは分かってるけど……。」

    簡単に捨てられるもんじゃない。それが入江も同じかどうか不安だ。

    簡単に捨てられても悲しいけど,二人でその気持ちを抱えていたって報われはしない。

    「まだこの現実をしっかり受け入れられないですよ。だから,今はあんまり喋りたくないんです。喋ればさっきみたいに酷い事ばっか言っちゃうから。」

    出来れば向こうに着くまでそっとしておいて欲しいけど無理ですよねと笑った。会話のない長旅は苦痛でしかない。

    「もう少し休憩します。後で呼びに来ます。」

    伊藤は頭を下げて三津から離れた。休憩をとった後,宿場町までは無言だった。

    桂の元に戻った伊藤は三津の吐き出した心情を伝え,出来るだけそっとしておいて欲しいの部分を強調した。

    その結果,三人とも無言である。

    「今日はここで休むよ。温泉が湧いてる。ゆっくりするといい。」

    三津の為に早めに宿に入った。少しでも三津の気持ちが落ち着くようにと配慮した。

    さっきよりかは三津の態度が丸くなった気がして,二人はほっと胸を撫で下ろした。

    部屋は伊藤と桂が同室で三津は一人部屋を与えてもらった。食事も宿の部屋でとる事にした。三人で一緒に食べようと桂が誘ったが,私が居ると空気が悪くなると断られた。

    「さっきより落ち着いてる様に見えたけど……うわの空なだけだね。」

    桂は溜息しか出ない。きっと入江の事を考えてるんだと思った。二人で萩を往復した時を思い出してるのかもしれない。

    「入江さんに会うまで気持ちの整理がつかないって言ってるから仕方ないです……。それだけ三津さんは入江さんを……。」

    「好きになってしまったんだろうね。悔しいけどそこは認めざるを得ない。

    すまないね,神経すり減らす案件ばかりで。」

    「今更ですし申し訳ないと思ってくれてるのが驚きです。」

    自分は使い捨ての駒だと思ってたと言う伊藤に桂は苦笑した。

    「君を捨て駒のように思った事は一度もない。君の能力は買ってる。ただ私情絡みが多くて申し訳ないと思ってる。でもそれは信頼がないと巻き込めないよ。

    私を裏切るつもりの奴は必ず三津を駒にしようとする。」

    『だろうなぁ。木戸準一郎の溺愛する妻となれば狙ってくる輩も多いだろ。』

    やる事は確かに気が重くてしんどい事ばかりだが信頼してもらえてるのは有り難い。

    伊藤自身も三津には償うべき一件があるから三津の為なら何でもする覚悟だ。

  • 「晋作!晋作は居るか!?」

    「晋作!晋作は居るか!?」

    「お?この声は。おるぞー!こっちやこっち!!」

    縁側で寝そべってだらけていた高杉はその状態のまんま自分を呼ぶ声の主を呼び寄せた。

    声の主が廊下の角を曲がり姿を現した所でようやく体を起こした。

    「お帰り〜桂さん。三田尻はどうやった?」 植髮

    起き上がって縁側から足を落としてぶらぶらさせる高杉に大股で近付いた桂は両肩を押さえつけて真顔を寄せた。

    「三津は何処だ。」

    「三津さんなら今九一と町に出ちょる。」

    「九一が生きてるのも事実か。」

    「おう生きちょる生きちょる。」

    「お前はいつから九一が生きてるのを知っていた!?」

    桂の怒鳴り声を聞いた伊藤が慌ててその場に駆けつけた。その後に赤禰に山縣,白石も何の騒ぎだとついて来た。

    「桂さん!いつお戻りに?お付きの者もつけないで……。」

    伊藤はとにかく落ち着いてくれと高杉から引き離した。桂は白石まで駆けつけたのに気付くといつものように優雅な所作で着物の乱れを直した。

    「今着いた所だ。付き人は遅いから置いて来た。今頃必死にここへ向かってるだろう。」

    『あーあ……可哀想……。』

    自分も以前はそちら側だったなと伊藤は遠い目をした。

    「じきに戻りますよ。そう遅くはならんでしょうからお茶でも飲みながら待ちましょう。」

    白石は桂を広間へ先導し,その後をぞろぞろ列を成してついて行った。

    桂が戻ったと聞いたセツはお茶を用意しその甘い顔を拝む為そのまま居座った。

    「で,三津はいつ来た?九一が生きてるのをいつ知った?」

    桂は正座で姿勢を正しているがそわそわが止まらない。左右に体を揺らして落ち着きがない。「二人が来たんは一昨日や。いきなり訪ねて来たそっちゃ。そこで初めて九一が生きとるのも知ったけぇ俺も報せの一つぐらい寄越せやって怒鳴ったそっちゃ。

    桂さんは何で二人が来たの知っちょるん。」

    「白石さんから伝言を預かった者が来てくれてね。」

    桂がそう言うと白石はどう?仕事出来る男でしょう?と言ってるような顔で胸を張ったので高杉は舌打ちをした。

    「んで仕事ほっぽって帰って来たそ?」

    「馬鹿言うな!ちゃんと済ませたわ!それより三津に変わった様子は無かったか?怪我をしてるとか体調が悪そうだとか……。」

    「元気やけぇ今九一と出掛けちょるそ。こっちは壬生狼おらんし海あるしで生き生きしちょるわ。九一の方はあの戦で随分体を傷めとる。腹に鉄砲玉の痕まである。

    あれから十月は経つのに体力も筋力も落ちたまんまじゃ。」

    それを聞いた桂は少し落ち着きを取り戻してそうかとだけ呟いた。

    「三津さんは前より小さくなった気がしたけ今沢山食わせちょる。何や九一とあの女中さん二人と生活しよったみたいやで。」

    女中さんと聞いて桂は安堵の笑みを浮かべた。

    「サヤさんとアヤメさんには私が頼んだんだ。やっぱり三津一人だと心配だからね。そうか……二人も一緒に居てくれてたか……。」

    「桂さん,あれは本当に入江の嫁ちゃんやなくて桂さんの嫁さんなん?」

    山縣の発言に桂の眉間にシワが刻まれた。

    「九一の嫁ちゃん?馬鹿言うな。三津は私のだ。三津は私に会いに来たと言ってなかったかい?」

    「言ってましたよ。桂さんに会いたくて来たと。

    ですが先に言わせていただきますと,桂さんが出石に潜伏し三津さんの元を離れてからここへ来るまでの間,入江さんと三津さんは寝食を共にして来た為以前よりだいぶ親密になってます。

    なってますが男女の仲にはなってません。

    ですが親密です。先に申し上げます。余計な嫉妬で三津さんを傷付けないようにお願いします。」

    山縣が余計な事を言うのは想定していた。伊藤はすかさず桂の前に出て捲し立てるように言葉を並べた。

    「親密とは……。」

    「九一さんと名前で呼ぶようになってます。」

    桂は肺にある空気を全て吐き出すぐらいの溜息をついた。それから目頭を押さえて天を仰いだ。

    「伊藤君他には?」

    問いかけつつお茶を口に含んで乾いた口内を潤した。

    「今相部屋です。」

    「は!?」

    口に含んだお茶が全て流れ出た。

  • 「私は大丈夫です。

    「私は大丈夫です。それより九一さんがこうなるの珍しいんですか?」

    「何で急に名前で呼ぶそ。」

    何の考えもなしに思ったことが口から出る高杉が話の腰を折る。

    「呼んでほしいって言われたんで……。それはいいから私の質問答えてくれません?」

    笑顔で凄まれて高杉は震えながらすまんと小声で謝った。瘦面botox

    「入江は高杉みたいな馬鹿な呑み方はせんからな。やけん昨日は珍しくよう喋るしよう呑むなとは思った。」

    「そうですか……。やっぱ抱え込むモノが大きいんですね……

    私の所に帰って来てから九一さんはどんなささやかな事でも幸せやって言ってくれて,私はその言葉に満たされてたのに,九一さんにとって幸せは罪悪感でもあったって事,さっき知ったんです。

    自分が幸せであるのを吉田さんと久坂さんに謝りはった。

    私,半年以上も傍にいてそんな事も気付いてあげられへんかった。」

    三津の涙がぽたぽたと落ちる。五人はかける言葉が見つからなかった。

    昨日の入江の言葉といい,今の三津の言葉といい,互いに満たされてたのは明白なのに当の本人達はそれに気付いていない。

    「お前ら不器用にも程があるやろ……。」

    高杉が呆然としながらようやく言葉にした。

    「何がですか?」

    「ちゃんと九一に伝えちゃれや。九一が言う幸せやにどれだけ救われたか言っちゃらんと九一は分かっとらんぞ?

    九一も馬鹿やけぇ三津さんを幸せに出来んのに自分だけ幸せになってもたって罪の意識持ちやがって。

    いいか?三津さんが九一に満たされとるって分かったら九一も幸せなんが罪やとは思わん。」

    「高杉さんて……ホンマたまにまともな事言いますよね……。」

    「たまにやから説得力あるやろが。」

    得意げに言う姿がおかしくて三津は思わず吹き出した。それを微笑ましく眺めていた赤禰がやれやれと言った顔で口を挟んだ。

    「入江寝たフリやめたら?」

    「え!?」

    三津は嘘だ!と膝の上の顔に目を落とした。それからぷにぷにと頬を突いた。

    「せっかくなんで寝てる事にしちょってくれてもいいやないですか武人さん。」

    入江は騙せたと思ったのにと口角を上げた。「お前ら不器用やけぇ今ここでお互いに幸せやって確認させとかんと拗らせそうやけんな。

    あっでも核心部分は桂さんにしか満たせんのやったか?」

    「武人さん意地悪。せめて体の相性分かれば私にも勝機あると思うんやけどなぁ。ねぇ三津さんそろそろ抱いて?」

    「阿呆!」

    にんまり笑って見上げてくる入江の額をペちんと叩いた。みんなの前で何言ってくれてんだ。

    「お前が抱くんやないんかい。」

    逆やろと言う高杉を入江は分かってないなと鼻で笑う。

    「三津さんには攻めの才能があるそっちゃ。」

    「勝手に変な才能見出さんとって。」

    真剣な声色でまっすぐにろくでもない事を言いやがった。三津は余計な事言わないでと入江の頬をつねり上げる。

    「三津さん私幸せです。」

    入江は満面の笑みで三津を見上げて三津の頬に手を添えた。その笑顔で今それを言うのは狡いじゃないか。

    「私も……幸せですよ?」

    その手に手を重ねて微笑み返した。

    「何やこの茶番は。相思相愛かいや。」

    「いいやないか高杉!女に興味がなかった入江が桂さんから嫁ちゃん略奪!めでたいやないか!」

    「山縣君,略奪はめでたくないよ?物騒だよ?絶対桂君黙ってないよ?」

    高杉,山縣,白石が口を開くと煩すぎる。入江は体を起こしてとりあえず高杉と山縣の頭を叩いておいた。白石は一応奇兵隊の資金援助者であるからここは堪えた。

    「相思相愛なん分かったとこでそろそろ出てってくれん?」

    入江は目の笑ってない笑顔で邪魔だ出てけと訴える。三津が今まで満たされて過ごしていたと知れて気分がいい。そのままの気分でいたいんだ。

  • 「アカンは駄目って意味で……。」

    「アカンは駄目って意味で……。」

    「有朋怖がらせんなや。それより空いてる部屋一つぐらい無かったか?」

    高杉が間に入って三津を庇った。

    「あー訓練に根を上げて逃げ出した奴が使っちょった部屋があったな。」

    「じゃあそこ掃除して二人で使い。いいやろ?」 iamjamay.wordpress.com

    高杉が振り返って三津と入江に確認した。

    「二人同室かいや。やっぱ夫婦やろ。」

    どうしても山縣は三津を桂の女と認めたくないのか入江の嫁にしたがった。

    「桂さんが帰って来たら分かるわ。面白いぐらいベタ惚れやけんな。」

    高杉は三津の事になると平常でいられない桂を思い出してニヤニヤしながらちらりと三津を見る。

    「あっあの私部屋を掃除してセツさんにここの仕事教えてもらうんで失礼します!」

    ここに居てもろくな事がなさそうだと判断した三津は逃げることにした。

    「そうだね,休める場所作らないとね。入江君は積もる話もあると思うから三津さんは私とセツさんに任せてここに居るといい。三津さん行こうか。」

    白石の助けもあって三津はこの場を脱出するのに成功した。さぁおいでと白石は肩を抱いて屋敷内に戻って行った。

    「さっきも思ったけど白石さん三津さんに引っ付きすぎなんよな。」

    伊藤がふんと鼻を鳴らして不機嫌に呟いた。

    「久しぶりに若い娘が来たけぇ浮かれちょるな。ここではどれだけの男が手玉に取られるか。」

    高杉は見物やなと笑った。

    「あの娘何者や?」

    山縣はあからさまに三津に不信感を抱いている。河上は面白そうな娘だねと興味津々だった。

    「じゃけん桂さんが溺愛しとる三津さんや。稔麿も惚れちょった。で,九一も結局落ちたんやろ?」

    「あぁ落ちたなぁ。」

    入江は遠ざかる三津の背中を見つめながらふっと笑みを溢した。

    三津はセツから適当な掃除道具を借りて姐さん被りに襷掛け,その上から吉田を背負うのを忘れずに装備して掃除に取り掛かった。

    四畳半程の狭い部屋でさほど時間はかからなかった。

    それからセツの元に戻って次の仕事を教えてもらった。

    夕餉の仕込みだ。今晩の夕餉のおかずになる芋をひたすら洗って皮を剥いてる間,セツは色々と話してくれた。

    おばちゃんとはお喋りな生き物だ。「ここはねぇ高杉さんや入江さんみたいに他の藩から長府に来た人らがおる場所で他の連中は訓練が終われば自分家に帰るけぇ。

    聞いた?奇兵隊の面々の本業。」

    三津はこくこく頷いた。奇兵隊の隊士の中にセツの旦那もいるらしい。セツには子供がいないから本業の畑仕事の傍らここの仕事も引き受けていると言う。

    「うちは子供に恵まれんかったけどねぇここで高杉さんやら若い衆見ちょったら息子みたいに思えてね,世話焼きたくなるそっちゃ。」

    なるほどセツはみんなの母親らしい。みんなが子供だと話すセツがとても楽しそうで,こんな母親に愛情を注いでもらってる奇兵隊の若い衆が羨ましく思えた。

    「そのお手伝い精一杯させていただきます!」

    「助かるわ〜。男連中に何かされたらすぐ言うんよ?引っ叩いちゃる。」

    セツは腕の力こぶを見せた。畑仕事で鍛えられた何とも頼もしい腕だった。三津もセツの真似をして腕に力を入れてみるも何とも貧相ですぐに現実から目を背けた。

    その晩の夕餉で三津は度肝を抜かれた。

    「めっちゃ凄い……。」

    奇兵隊の隊士達は恐ろしいぐらいよく食べた。おかわりおかわりと茶碗を差し出されお櫃のお米はあっという間になくなった。

    「体が資本だからね。食べて体力つけないと保たないんだ。」

    何故か白石もそれに混じって夕餉を食べていた。そして歳の割によく食べる。

    三津は入江が気になった。京では食が細り,食事も質素倹約を心掛けていたから確実にここの面子より胃が小さいはず。

  • 「白石さんの頼みなら断れませんけど

    「白石さんの頼みなら断れませんけど,桂様の大事な人に女中の仕事やらせていいそ?」

    セツは本当にいいの?と白石と入江を交互に見た。

    「大丈夫です。京の藩邸でも掃除洗濯炊事に針仕事,何でもやってくれてましたから。」

    「三津と申します。勝手の分からないうちはご迷惑おかけすると思いますがよろしくお願い致します。」

    「そんなかしこまらんと気楽に気楽に!」 【生髮方法】生髮洗頭水效用&評價! @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 ::

    セツは三津の肩をバンバン叩いた。トキもそうだったがおばちゃんは何かと体を叩いてくる生き物だ。

    「奇兵隊のみんなにも紹介したらまた戻って来るからその後はよろしく頼みますね。では行きましょうか。」

    セツとの挨拶もそこそこに次は訓練中の奇兵隊の面々に会いに行った。

    訓練はもう終わったのか各々手拭いで体を拭いたり武器の手入れをしていた。

    「ちょっと緊張するなぁ。」

    ぼそりと呟いた入江はそっと三津の手を握った。三津もその手をきゅっと握り返した。それから二人,顔を見合わせて微笑みあった。

    「ねぇ君達本当に恋仲じゃないの?それって恋仲が醸し出す雰囲気じゃないの?無粋とは分かってるけどおじちゃん気になっちゃうよ?」

    白石に言われて二人は苦笑しながら手を離した。確かにと頬を掻いて少し距離を取った。

    「高杉くーん!」

    白石が声をかけて手を振るとそこに居た全員の視線が集まった。

    「え?」

    「あれ?」

    その場に居る男達がどよめいた。そこに立っているのは入江だよな?と確かめ合っている。

    「お前ら!九一が帰ってきたぞっ!喜べっ!」

    高杉の声に確信を持った全員がわぁっと入江に駆け寄ってきた。

    「藩邸の人らと全然違う。」

    奇兵隊と立派な名前だがそこに居るのは年齢層はばらばらで体格もあまり良いとは言えない男達。

    京の長州藩邸で見た藩士達とは風格が違う。

    「驚いた?奇兵隊はね高杉君が作った誰でも入れる隊なんだ。彼らは武士じゃなくて農民や漁師をしてる普通の町民なんだ。

    戦えれば誰でもいいって高杉君らしい考えだよね。」

    「確かに。」

    くすくす笑っているとその高杉と目が合った。こっちに来いと手招いている。みんなの視線も刺さるので小走りで駆け寄った。

    「何や入江,行方くらませて死んだと思わせて女作って帰ってきたんか。」

    日に焼けた体格のいい男がぐっと三津に顔を寄せて舐めるように全身を見た。

    「おい有朋,三津さんは桂さんの女やぞ。変な事したら首飛ぶぞ。みんなもよく聞け。こちらは三津さん,今日からここで女中してくれるけぇよろしく頼むわ。」

    「これが桂さんの?そりゃ嘘やろ。入江の嫁のがしっくりくるわ。」

    「三津さんこの失礼な男は山縣有朋で松下村塾の塾生です。無礼が気に入らなければ桂さんに斬ってもらって結構です。」

    「いえ流石にそれは……。不釣り合いは言われ慣れてますんで大丈夫です……。」

    三津は苦笑いで何度も大丈夫と呟いた。

    「えっ本当に桂さんの女なの?」

    「三津さんこれは河上弥一と言います。これも失礼な奴なんで気に入らなければ桂さんに斬ってもらって……。」

    「大丈夫!斬らなくて大丈夫!」

    三津はお構いなく!と入江の言葉に被せ気味に言い放った。

    「桂さんの手を汚させたくないなら私が……。」

    「アカン!それもアカン!」

    三津は刀を抜こうとした入江の腕にしがみついて必死に止めた。「見せつけんなや。やっぱり入江の嫁ちゃんやろ?な?んでアカンって何?どう言う意味?」

    山縣は物凄く三津に顔を寄せて話しかける。この距離じゃないと聞こえないほど耳が遠いのか?と言うぐらい近い。

  • 「わざわざ三津を不安にさせる嘘

    「わざわざ三津を不安にさせる嘘なんかつくか。」 「ごめん……。」 三津を真剣に想っている気持ちを茶化した事は謝った。 相手が桂だろうと渡したくはないと言う本気が伝わってきた。 「で,揉めてた原因は?」 その問いに二人の目は大きく見開かれた。 「それは三津が乃美さんからっ!」 気持ちいいぐらいに二人の声が重なった。 そこで吉田は思い出した。懐に忍ばせている三津へのお土産の存在を。 「忘れてた。俺も三津に渡す物があった。」 桂との言い争いもそっちのけで吉田は三津の元へと急いだ。 「……乃美さんが何したんです?」 吉田に三津との時間を少しでもと思い足止めする事にした。 さて三津はどこの部屋へ案内されたのやら。きっと声が聞こえてくるはずと廊下を歩いていたら台所の方へ向かう入江を見つけた。 【改善脫髮】四招避開活髮療程陷阱,正確生髮! - 「九一三津知らない?」 「やっぱり三津さんまだ居るの?帰ったと思ったのに声がしたから。」 「ちょっと事情が変わってね。アヤメさんと台所かな。」 入江を追い越し台所を覗くと膳の準備を手伝う後ろ姿を見つけた。 サヤとアヤメに挟まれて楽しそうにお喋りをしている。 こうして見ると普通の女子なんだなぁとしみじみ思う。 「三津。」 声をかけると笑顔で嬉しそうに寄って来る。それに自然と笑みが溢れる。 「これ。みんなで食べるといい。」 吉田はそう言って三津に手土産を渡したが, 「吉田さん,それはあきません。だってそれ三津さんの為に買いはったんでしょ?それなら三津さんが食べなあきません。」 まさかアヤメにそんな事言われるなんて思ってもみなかった吉田は驚いて口が開いたままになった。ちょっとした沈黙の後,吉田は声を上げて笑った。 「アヤメさんにそんな事言われるとは思わなかった。俺の気持ちを汲んでくれるんだねありがとう。って訳だから食べてよね。」 三津は困ったように笑って頷いた。 「こんなん聞いたら桂様やきもち妬きはるなぁ。」 サヤが悪戯っぽく笑い,さっきの光景を思い出したアヤメは嫌でもにやけた。 「あんな桂様初めて見ました。桂様はもっとやきもち妬いたらいいんです。 あの子供じみた感じの桂様が可愛いんで私がもっと見たいだけなんですけど。」 「くっ……はっはははは!!!子供じみてるか……。確かに三津の事となれば必死だからね。それが可愛いのか,そうか。 じゃあアヤメさんの期待に応えて妬かせてみせようか。ねぇ三津。」 吉田は三津の頬に手のひらで触れ,さっき桂が道端でしていた様に親指の腹で下唇をなぞると猫を撫でるかの様に顎の下を擦った。 「むっ!無理無理無理無理!後が怖い後が怖い後が怖いぃぃぃ!!!」 三津は体を震わせ激しく首を横に振った。全然目の笑ってない笑顔で迫ってくる桂が目に浮かんだ。 「何?桂さんのお仕置きそんなに激しいの?俺は優しくしてあげるよ?」 「違うっ!そう言う問題でも無いっ!優しい方が好きだけど違う!そうじゃないっ!」 顔を真っ赤にして狼狽えていると外から豪快な笑い声がした。 「あっははははっ!駄目もう無理っ……!くっくくく……。」 外を覗けば膝から崩れ落ちて四つん這いで笑っている入江と,その横で突っ立って苦笑する桂の姿があった。 「か……桂さん……三津っ三津さんは優しい方が好きらしいので……次は手か……手加減してあげ……くっ……くはははははっ!」 入江は腹を抱えながら何とか壁伝いに立ちたがった。 「君達ねぇ……。一体誰をおちょくってるんだろうね?稔麿,九一後で私の部屋に来なさい。勿論三津もだよ。」 三津はまた説教だと戦々恐々だったがこの男の発想は違った。 「桂さんから夕餉のお誘いとは思ってもみなかった。喜んでご一緒させていただきますよ。サヤさんアヤメさん私と九一の分は桂さんの部屋にお願いするよ。」 とんでもなく自分の都合の良いように捉えてにんまりと笑ってみせた。

  • 「おっ!女同士の秘密です!」

    「おっ!女同士の秘密です!」

    これ以上の事をされては身が保たないが女同士だから出来た話であって,それをほいほい話したくもない。

    「分かったよ。でも帰ったら覚えときなさい。」

    桂は口角を上げて腕からするりと解放した。

    「何だもうちょっと続けてくれても良かったのに。」 iamjamay.wordpress.com/

    残念だと言いながら入江が障子を開けた。

    「開ける前に一言声をかけなさい。」

    恥ずかしい所を見られたと桂は苦笑し三津は顔も向けられないと入江に背を向け項垂れた。

    「三津さん忘れ物ですよ。大福。」

    入江はずかずか中に踏み込んで三津の前に屈み包を差し出した。

    「あ!ホンマや!ありがとうございます!」

    すぐさま受け取りお礼をした。こんな大事な物を忘れるとは。

    「では邪魔者は消えますね。ごゆっくり。」

    にんまりと笑って二人を見て部屋を出た。

    三津が側を離れるとつまらんなと思いながら廊下を歩いていると視線の先にアヤメを見つけた。

    入江に気付いたアヤメはその場で立ち止まり俯き加減で入江が通り過ぎるのを待っていた。

    アヤメの手には湯呑みが二つ乗ったお盆。あの二人の所へ行くのかと横を通り過ぎようとして足を止めた。

    「アヤメさんが淹れてくれるお茶は美味しい。いつもありがとう。」

    それだけを言い残して通り過ぎた。

    突然の事で驚き固まってしまったがアヤメは振り返って,

    「ありがとうございます!」

    声を上ずらせながら頭を下げた。それから急いで桂の部屋へ向かった。

    「失礼致します!お茶をお持ちしました!」

    嬉しさのあまり桂の返答を聞く前に障子を開け放った。

    「三津さん!一言声をかけていただけました!お茶美味しいいつもありがとうって!」

    「やったぁ!アヤメさん良かったです!」

    体で喜びを表現したいアヤメはお盆を桂の前に置くと三津の手を取り上下にぶんぶん振った。

    二人は桂そっちのけできゃっきゃと喜んだ。「私これでしばらく幸せに浸れます!それでは失礼しました!」

    アヤメは満面の笑みで部屋を出た。三津も私も幸せだと顔を綻ばせる。

    「何の話か全く分からないけど楽しそうで安心した。それで大福はいつ食べるの?」

    文机に頬杖をついて三津の傍らにある包を指差した。

    「あ!今いただいてもいいですか……?」

    桂はどうぞと三津が包みを開けるのを眺めた。

    中から現れた大福に三津は目を細めた。それを一つ大事に手に取り,いただきますとゆっくり口に運んだ。

    「やっぱり美味しい……。」

    幸せそうな表情に桂も頬が緩む。

    「九一の所で何してるの?可愛い小姓さん。」

    「んっ!縫い物してました。そうや途中で置いてきちゃった。」

    慌てて大福を飲み込んで中途半端にしてしまった着物を思い出した。

    「あぁすまないゆっくり食べなさい。私もまだやる事が残ってるからその間にまた九一の所へ行ってくるといい。」

    「ゆっくり食べたらその分小五郎さんとも長く一緒に居られますね。」

    『全くこの子は……。』

    今すぐ手を伸ばして抱きしめたいけどそうしたら歯止めがかからなくなってしまう。

    『本当に帰ったら覚えときなさい。

    あぁ……今触りたい……。』

    手の届く距離に居るのに触れられないのがもどかしくて手を袖の中に引っ込めた。

    そうこう葛藤しているうちに三津は大福を食べ終えて顔の前で手を合わせていた。

    「ご馳走様でした。じゃあ戻りますね。」

    「仕事が終わったら迎えに行く。」

    「待ってます。」

    三津はひらひら手を振ると部屋を出た。

    小走りで遠ざかって行く足音を聞いて桂は小さな溜息をついた。

    「失礼しまーす。」

    少しだけ障子を開けて中を覗くと入江は胡座をかいて本を読んでいた。

    「もう帰って来たんですか?もう少しゆっくりしてきたら良かったのに。」

    本を閉じておいでおいでと手招いた。

    「小五郎さんのお仕事の邪魔になっちゃうんで。それに縫い物途中やし。」

    中に入って縫い物をしていた位置に戻った。

    「さっきの三津さんは素早い身のこなしで逃げましたからね。」

    入江の妖し気な笑みに自分が何故この部屋を飛び出したか思い出した三津は顔を引き攣らせながら硬直した。

  • 『やっぱり申し訳ないと思ってはるんかな。』

    『やっぱり申し訳ないと思ってはるんかな。』

    攘夷や黒船やと出されても正直いまいちピンとこないし,久坂と桂でも攘夷に対しての意見が少し違うのかな?と思ったくらい。

    多分明日になったら何の話だったか忘れてると思う。それぐらい危機感がないから申し訳ないと思わせてる事が申し訳ない。

    「申し訳ないなんて思わないでくださいよ?厳しい立場にあるならより小五郎さんの近くに居られて良かったです。

    離れた所で訳も分からずいる方が私には無理です。植髮

    理解出来る頭は持ち合わせてません。でも何が起きてるか知る事は出来ます。

    知る事が出来て私は嬉しいので申し訳ないなんて……そんな風には思わないでください。」

    桂の腕を掴んで真っ直ぐに目を見て伝えた。三津の目に映る桂は穏やかな目で笑った。それから唇を奪いに来た。

    「続きを話すのはまた今度でいいかい?」

    そう言ってまた唇を重ねた。お酒の味とほのかな香り。それだけで酔ってしまう。

    三津が小さく頷いたのを見て今度は深い口付けを。

    畳に押し倒して三津の上に跨った。

    「本当はこれで良かったのかまだ悩んでいる。

    三津は甘味屋に居て笑ってる方が良かったのではと。この先私について来た事をずっと後悔させてしまうんじゃないかと思うと不安になる。」

    「後悔は……するかもしれませんし,しないかもしれません。

    でもそれは小五郎さんについて来なかったとしても同じです。

    やっぱりついて行けば良かったって後悔するかもしれへん。

    だから最期に幸せやって思えたら今までの間違いも後悔も許せると思います。」

    ……そうだね。最期に幸せな生涯だと共に思えるように生きよう。」

    そう言って桂は覆い被さったそして耳元で囁く。

    「だから三津も死のうとするんじゃないよ。簡単に命を差し出すんじゃない。彼の後を追うんじゃない。」

    『あ……。』

    酔いが一気に覚めるくらいに瞬時にあの日を思い出した。

    新ちゃんじゃないと駄目だなんて吐き捨てたあの日。そして刺客にどうぞと簡単に首を差し出したあの日。

    「あの時はごめんなさい……。一番言ったらアカン事言いました……。」

    「全くだよ。帰って号泣した。」

    「え!?」

    「嘘だよ。泣きたくはなったけどね。」桂はくすくす笑いながら頬をすり寄せて甘えた素振りを見せる。

    「小五郎さんって案外子供みたいな所ありますよね。」

    「大人のふりした大童だよ。男はみんなそうだ。子供じみた大人は嫌いかい?」

    「いえ?そんな事ないですよ。」

    どちらかと言えば,

    『可愛い……。』

    大の大人,しかも自分より年上の殿方にそんな事は言えないが,

    『何やろな私が甘えたでいつも甘える側やったから変な感じがするけど……。』

    こんな可愛い姿を見られるのならいくらでも甘えて欲しい。

    でもこの姿は酒のせいだろうか?だとしたら酒を呑んで他の女の人の前でもこの姿を晒して誑かしていたのでは……

    「今の小五郎さんは私の前だけに現れる小五郎さん?」

    「そうだよ?三津だから甘えられる。」

    それを聞いてあぁ良かったと嬉しさを噛み締めていると,

    「三津ごめんもう無理。」

    何とも良い手際で着物を脱がしてくれるじゃないか。

    『こっちの方は全っ然子供じゃないっ!』

    翌朝の桂は清々しい顔で藩邸に姿を表した。

    「今日はあの小娘どうした。」

    その清々しい顔が気に入らんと言わんばかりに乃美が食ってかかった。

    「今日は家に居ますよ。昨日は藩邸までの道を教えていただけで。」

    「匿うにしてもアイツの素性が分からんうちは認めんぞ。連れて来い。」

    ふんと鼻を鳴らしてその場を立ち去った。

    「何あれめっちゃ三津に会いたがってるじゃないですか乃美さん。三津が口説くから。」

    「やめなさい稔麿。三津は天然の人たらしなだけだ。」

    にやにやしながら現れた吉田はどうするの?と桂を見上げる。

    「三津には悪いが一度乃美さんと話してもらう必要があるね。」

    「じゃあ迎えに行きますよ。」

    それではと踵を返す吉田の肩を掴んで捕まえた。

    「あんな宣戦布告されて簡単に会わすと思ってるのかい?」

    と笑顔を向けると吉田も口角を上げ笑みを浮かべる。

    「三津さんを迎えに行けばいいのですね?分かりました。」

    どこからともなく現れた入江がでは私がと出て行こうとする。

    「待ちなさい。どこから沸いて出た。君も駄目だ。伊藤君だ伊藤君を呼びなさい。伊藤君!!!」

  • 静まり返る部屋。

    静まり返る部屋。その静寂を切り裂いたのが,

    「ごめんくださいっ!」

    と言う大声と草履を脱ぎ捨て上がり込んで来る足音で,すでに勢い良く開かれた障子から飛び込んで来た。

    「あぁ……三津さん……申し訳ございませんでしたぁっ!」

    来るやいなや畳に額を擦りつけ謝罪した。

    「伊藤さんお久しぶりです,ご無事でなによりです。」 【生髮方法】生髮洗頭水效用&評價! @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 ::

    そんな仰々しく謝らなくてもと三津は笑った。三津は笑ってくれてもこっちは笑ってくれない。

    「本当に雰囲気ぶち壊してくれるよね俊輔。」

    鼻をすすりながらゆっくりと三津から身をはがして伊藤を一瞥した。

    「えっ吉田さん泣いてるんですか……?」

    嘘でしょ?と呟いて吉田を目に映す。

    「どれだけ後悔したか。相討ち覚悟で土方の腕を斬り落としてやれば良かったって……。お前を身代わりにするなんて俺は馬鹿だ。」

    吉田はまた三津を腕の中に引きずり込んだ。それを聞いて三津は首を横に振る。

    「その相討ちが見たくなくて土方さんに飛び付いた馬鹿は私なんで吉田さんは逃げてくれて正解なんです。

    何とか帰って来れました。だからもう自分を責めないでください。生きててくれてありがとうございます。」

    三津は腕の中で身を捩り吉田を見上げて微笑んだ。

    死ななくて良かった。こうして温もりを感じてこの目に映す事が出来て。本当に良かった。

    ……桂さん。やっぱり三津は私にください。」

    もう離せないときつく抱き締めた。

    「断る。さぁ三津,診察は済んだから着替えておいで。そんな格好のまま抱きしめられてるんじゃない。」

    吉田から三津を引き剥がし,着物と帯を持たせてあっちへ行きなさいと隣の部屋に押し込んで襖を閉めた。

    「玄瑞,三津の具合は?」

    「あぁ……もうだいぶ良くなってる。」

    久坂がちらっと桂に視線を送れば桂は小さく首を振った。左手の事には触れるなと。

    「そうか……。」

    ようやく落ち着いて小さく息を吐いた。

    念願の三津に会えたのに吉田は全く笑わない。

    「そうだ……乃美さんが桂さんはどこ行ったんだって探してましたよ。俊輔と一緒で空気読めないおっさんですよね。」

    笑えはしないが毒づく事は出来るらしい。

    『お楽しみはお預けか……。』「藩邸に戻られるんですか?」

    着付けを終えた三津が私は一人で留守番?と少し不安げに居間に出て来た。

    「いきなり一人にしてすまないね。ちゃんと帰って来るから知らない人を中に入れちゃいけないよ。あと迷子になるから出歩くのも駄目だからね。もし土方君なんかに見つかったら大変だしね。」

    いい子で待っててと頭を撫でた。

    あまりの過保護っぷりに久坂は呆れ返った。

    『子供に言い聞かせてるんじゃあるまいし……。ほら見ろ流石に彼女も顔引き攣ってるじゃないか。』

    「ちゃんと大人しくしてますから。」

    皆さんこそ気を付けてと玄関でみんなを見送った。

    『みんなで歩いてる方が目立って危ないと思うけど……

    おじちゃんとおばちゃんもホンマに大丈夫かなぁ……。』

    しばらくの間玄関に佇んで言い知れぬ不安と戦った。

    全速力で屯所に戻った斎藤は勢いそのままに土方の部屋に駆け込んだ。

    「どうした。」

    いつもの斎藤らしからぬ行動に胸騒ぎを覚えた。まさかとは思うが報告を待つ。

    斎藤は息も絶え絶えに,

    「申し訳ございません。三津を……見失いました……。」

    畳に伏せたまま大きく肩で息をした。呼吸も整わない。喉もからから。

    「あ?お前が見失うとは只事じゃねぇだろ。何があった。」

    その言葉を貰ってゆっくりと顔を上げた。

    「子供達と寺で遊んだ帰り道,何処からともなく三津の背後に男が現れ気付けばもう姿はなく……。逸れた脇道に飛び込み後を追ったのですが見つからず,甘味屋にも行ったのですが帰っておりませんでした。」

  • 腕の傷は思ったより酷くなかった

    腕の傷は思ったより酷くなかった。それがせめてもの救い。

    「痛い。」

    「痛いのは俺だ馬鹿。」

    見ている方も痛い。

    こんな傷口に豪快に水を掛けた土方の気が知れない。https://iamjamay.wordpress.com/

    それにこれがもっと深い傷なら,三津の手に負えなかった。

    何かあったらとか考えたくないけど,もし何かあったら

    『よし,決めた。』

    「土方さん,明日薬貰いに行って来ます。」

    何だ急にと言おうとして口を噤んだ。

    「勝手にしろ。」

    理由は問いただす事はせず,そう吐き捨てて,処置を施す三津の指先を見つめるだけだった。

    明日,あの診療所に行こうと決めた。

    ユキに会って怪我の正しい処置の仕方だけでも聞いてみよう。

    そんな事を考えて,自分が病人だって言うのをすっかり忘れてしまっていた。

    思いついたら即行動。

    翌日三津は一人で屯所を出た。

    付き添うと言ったたえの好意をはねのけて。

    薬を貰うのが本当の目的じゃなくて,医学の知識を教えて欲しいと頼みに行くなんて言えば,馬鹿にされるか,呆れられるかだ。

    『これはみんなの為にもなるしね!』

    みんなが喜んでくれる顔を思い浮かべると俄然やる気が出てきたのに,意気揚々と歩いてすぐ,自分の情けなさに気付いた。

    『しまった。次の角は右か左か

    と言うか方向合ってる?』

    行く道はちゃんと覚えたはずなのに。

    よくよく考えれば,ぼーっとする頭でたえと喋りながら歩いたから,目印になるような物も何一つ覚えていなかった。

    帰りは帰りで意識がなかったし,道順どころじゃなかった。

    今更引き返して,道が分かりませんなんて恥ずかしくて言えやしない。

    「勘だけは冴えてるからね!多分こっち!」

    根拠のない自信だけを頼りに歩き出すのだけど,ぱらぱらと道の脇から現れた男が三人,行く手を阻む。

    『ものすんごく嫌な予感がするんやけど。』

    とりあえず俯いて,目を合わせないように,道の端っこを通り抜けようとした。

    「待て待て可愛いお嬢ちゃん。ちょいと名前聞かせてくんねぇか?」

    三津ですけど。」

    可愛いに反応してしまったじゃないか。

    でも名乗ってすぐに後悔した。

    三津を取り囲む浪士はニヤリと笑い,顎の無精髭をさする。

    「間違いねぇ。こいつは土方の女だ。」

    『あぁやっぱり。』一人で出掛けるのを知ってるかのように現れる不逞浪士。

    それに名前まで知られてるじゃないか。

    「それは人違いです

    それに土方さんの女ならきっと島原にいますよ。それじゃあ!」

    強行突破を試みたが,しっかり両腕を掴まれた。

    「私これから行く所が。」

    「大人しくしねぇとその行き先が地獄になるぜ?」

    三津の鼻先に短刀が向けられ,そのまま刃先が横一線に頬をなぞった。

    「あ。」

    熱い痛みと,頬を伝う何かを感じた。

    目の前の刃先に僅かに赤いものがついている。

    その刃が首筋にあてられた。

    向けている男は愉しそうで,その目の奥に恐怖を感じた。

    「新選組には何人も仲間をやられてんだ。」

    澱んだ目の奥に渦巻く殺気に息を呑む。

    言い表せない憎しみが牙を剥く。

    『その怨みを晴らす為なら,新選組に関わってる人間やったら誰でもいいんや。』

    もしかしたら今の自分の立場がたえになっていた可能性もある。

    この刃が他の人に向いていたかもしれない。

    『だったら私でいいや。』

    そう思ったら,ふっと肩の力が抜けた。

    自分には死んだ先に待ってる人がいる。

    『おじちゃん,おばちゃんごめん。』

    小さく息を吐いて,覚悟を決めた。

    力無くうなだれて心の中でひたすら二人への感謝の言葉と謝罪を繰り返した。

    「あんたら,その女に何の用だ?」

    その声にはっと顔を上げた。

    ゆらりと一つの影が立っている。

    いつの間にこんな側まで近付いてたんだろう。

  • 草履を脱ぎ捨てた斎藤は足音

    草履を脱ぎ捨てた斎藤は足音で不機嫌さを表した。

    「ひとまず俺の部屋に連れてく。」

    「え?」

    総司は気の抜けた声を漏らしてきょとんとした。

    「深い意味はない。俺の部屋が一番近いからだ。」

    いくら三津が小柄で軽くても,【生髮方法】生髮洗頭水效用&評價! @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 :: 同じ体勢を保ったままここまで帰って来るのは大変だったんだ。

    『俺の腕にも限界がある。』

    ここで三津を落とせば鬼の形相で怒り狂うんだろ。

    今更だが背負えば良かったと悔やむ斎藤。

    己に苛立ちながら部屋に向かった。

    「そ,そうですね!私は土方さんを呼んで来ます!」

    斎藤の不機嫌さは自分のせいだと思った総司は狼狽えながら廊下を走った。

    腕の限界ももう間近。三津を連れて部屋に戻り,たえに床を延べてもらって,ようやく腕に自由が戻った。

    三津は規則正しい寝息を立てている。

    その脇に腰を下ろして安堵の息を吐く。

    「土方さん早くっ!!

    『あいつは俺に安らぐ時間も与えてくれんのか。』

    ほっとしたのも束の間,騒がしい足音がこの部屋に向かっていた。

    「斎藤さんっ!」

    期待を裏切らない騒々しさで豪快に障子が開いた。

    「ちょっとは落ち着け。」

    「沖田さん!お三津ちゃんが起きてまうでしょ!」

    斎藤にうんざりした目を向けられ,たえにも叱られて,総司はしゅんと背中を丸めた。

    「斎藤すまなかったな。」

    落ち込む総司を押しのけ,土方が三津の寝顔を覗き込んだ。

    「もう落ち着きましたから安静にさせておけば良いかと。」

    土方は寝顔を見つめたまま,顎をさすって思案した。

    だったら斎藤。しばらくこいつを預かっておいてくれ。」

    「え!?

    思わず大声を上げた総司を三人がじろりと睨む。

    「生憎俺は仕事が溜まって忙しい。

    こいつの部屋は遠くて目が届かない。総司は煩い。

    どうせお前は散歩に行くんだろ?だったらこいつに部屋を貸せ,以上だ。」

    承知。」

    それだけ言うと土方は部屋を出て,たえはどう言う事?と首を傾げた。

    「仕事が忙しいから,そのせいで三津さんを起こしてしまうかもしれない。

    三津さんの部屋は遠いから,何かあっても気付くのが遅れる。斎藤さんはあまり部屋にいないからここが静かでいい。

    土方さんなりの気遣いです。私の所は論外みたいですね。」

    総司は弱々しく笑って頭を掻いた。

    ゆらゆら揺れていた心地よさがなくなった。

    ちょっとずつ現実に手繰り寄せられていく。

    勝手に瞼が持ち上がる。

    「まっ。」

    誰も居ない部屋に一人ぼっちだと気付いた。

    「おたえさぁ。」

    一緒にいた彼女はどこだ?

    ここはまだ診療所かな?

    『違う,誰かがもうすぐ着くって言ってたな。誰やっけ。』

    ゆっくりと瞬きを数回してぼーっとしていると顔を覗き込まれた。

    「あ斎藤さんだ。」

    そうだ,最後に言葉を交わしたのは斎藤だと思い出した。

    そして今目に映るのも斎藤。

    「どうしたんですか?」

    寝起きだからあまり見ないでと笑って目をこすった。

    「どうしたもこうしたもない。気分はどうだ?」

    斎藤らしい繊細な手つきでうっすら滲んだ汗を拭った。

    「気分?あのゆらゆらされてる時が一番良かった。

    ふわふわしてて気持ちよかった。」

    呑気に笑う三津に斎藤は小さく溜め息。

    「そうか。腕を痺れさせて帰って来た甲斐があったって訳かって,そうじゃない。

    頭が痛いとか腹が痛いとか,不調はないかと聞いている。

    俺ではなく副長だったら殴られてるぞ。」

    「ホンマや。拳が飛んでくる。」

    くすりと笑って目を閉じた。

    早く治さなきゃ後が恐い。微睡みながら,明日の家事の段取りを考えていた。

    「何も考えずに休め。」

    その言葉にこくりと頷いて,三津はまた寝息を立てた。

    「斎藤さぁん。」

    廊下から情けない声がした。

    真夜中の訪問客に斎藤は顔をしかめた。

  • ここに来て半年余り。

    ここに来て半年余り。

    色々あったなと部屋の真ん中でちんまりと正座をして思い返す。

    しみじみと思い出に浸るつもりだったのだが,何だか下が騒がしい。

    何だ何だと階段を下れば店先にご近所さんたちが押し寄せていた。

    『あぁ私のせいや。』https://paintedbrain.org/blog/unraveling-the-mystery-could-frequent-pain-every-month-be-endometriosis

    功助とトキに何を言ってるかは分からないが兎に角責められているに違いない。

    自分が新選組で働くのを非難してるんだ。

    だったらすぐに功助たちを助けなければ。

    「ちょっとちょっと何の騒ぎ?満員やないの。」

    素知らぬふりをして,いつものように笑いながらみんなの顔を見渡した。

    三津の登場に店内がしんと静まり返り誰もが目を伏せた。

    この空気に三津の気持ちが沈みかけた。

    初めて感じる疎外感,誰も自分を見やしない。

    『新選組に関わるってだけでこの扱いかぁ。』

    自分は出て行くからまだいい。その後の功助たちは大丈夫なのか,それが心配でならなかった。

    いや,二人はお礼をすると決めた自分に最後まで付き合うと覚悟してくれた。

    自分が弱気になってどうする!

    三津はもう一度全員を見渡して息を吸った。

    「暗い顔せんとってよ!

    甘えん坊の私が親離れするねんから喜んでよね。

    それに道にも迷うし同じ所しか行かへんけど,選んだ道を間違えたなんて思ってないからね!

    二人の事まで軽蔑したらただじゃ済まさへんで!」

    かかって来るなら来いと言わんばかりに右の拳を振り上げると,

    「まだ誰も何も言うてへんやろ。」

    トキの強烈な平手打ちが三津の後頭部を捉えた。

    「は?」

    みんなに責められていたのでは?

    自分は格好良くそれに立ち向かったのでは?

    丸くなった目でみんなの顔を見渡せば,俯いた顔は笑いを堪えて肩まで小刻みに震えている。

    「三津,お前が思ってるのと逆や。みんなお前が踏み出すのを祝いに来ただけや。」

    功助は三津の後頭部を優しくさすり,三津の早とちりを笑った。

    「そうなん?みんな。」

    てっきり嫌われたと思ってた。

    半年だったけど築いてきた付き合いも全て崩れたと思っていたけど,

    「確かに行くとこが行くとこやし心配なのは変わらんけど,やっと自分で道決めたんやし頑張りや。」

    みんな温かかった。

    こんな人達に出会えた自分は幸せ者だ。

    大切なモノを失ってばかりじゃなかったと今更気付いた。

    「ありがとう。」

    何だか胸が一杯だ。嬉しくても涙って出るんだなぁ

    みんなに想ってもらえているのが嬉しくて笑みが零れるのに,睫毛も頬も溢れる涙でびしょ濡れだ。

    「泣いてんの?笑ってんのどっち?」

    どっちかにしてよとトキは三津の頭を軽く小突いた。

    自分の涙腺まで緩みかけた事への八つ当たり。

    功助の目も潤んでいるけど,三津の目はそれ以上。

    店が感動の嵐に巻き込まれているのも分からないぐらい。

    「両方!笑っても涙出てくるねんもん。

    今日はいいやろ?明日は笑って出てくから。」

    鼻の頭を真っ赤にして,明日こそは泣くもんかと心に決めた。

    泣かないと決めて迎えた翌日,甘えん坊は健在だった。

    寂しい寂しいと近所の家に転がり込んではその甘えん坊ぶりを発揮していた。

    「こら!いつまでもアンタは!」

    いい加減になさいとご立腹のトキにあえなく捕まり連れ戻された。

    「まだ時間あるやんかぁー。」

    駄々をこねるも無理やり椅子に座らされ,ぐりぐりと頭を押さえつけられた。

    「ここに来たばっかりの頃の方がしっかりしてたんとちゃう?」

    「そうかも。」

    三津はへらっと笑って見上げて,トキが溜め息をつく前に思い出話を始めた。

    「甘える場所が出来て嬉しかった。

    最初は独りぼっちやと思ってたけど温かい場所が二つも。」

    三津が指折り数え始めたのを静かに見つめた。

    「それからここを与えて貰って甘えん坊は三ヶ所に分けてたけど,二つ失って全部ここに来てもた。」

    三津は無邪気な笑顔で机をとんとんっと指で叩いた。

    「とんでもない甘ったれにしてもたわ。向こうで叩き直してもらい。」

    そう言うトキもこの半年間を思い返していた。

    新平が突然連れて来た少女。

    照れ屋で人見知りで人混みも苦手で,今じゃ考えられないぐらいうじうじとしていた。

    そんな三津だったが一ヶ月もすれば笑顔を咲かせ,立派な看板娘になり新平たちの元を離れて住み込みで働きだした。

    元から家事全般は出来ていたがうちに来て腕を上げた。

    どこに嫁に出しても恥ずかしくないように本当の娘のように可愛がった。

    それなのにここを出るのが嫁に行くのではなく,新選組への恩返しの為ときた。

  • 「無理に笑ってる訳ちゃうで?

    「無理に笑ってる訳ちゃうで?ちゃんと悪いもんは水に流して来たから。」

    鴨川に流して清らかな心にして来たんだと得意げに話した。

    「そんな所まで行ってよう迷わず帰って来たな。」

    『しまった墓穴を掘った。』肺癌初期到末期,治療方法各不相同

    遠まわしに誰かが一緒だったと言ってるようなもんじゃないか。

    「そそんな所に行ってもたから帰りに道が分からんくて泣きながら帰って来て。」

    しどろもどろに嘘をついたがそんなのが通用する相手ではない。

    「いい歳して恥ずかしい奴やな。明日はきっちり店番してもらうからね。」

    トキは呆れた笑みだけ見せて深くは追及しなかった。

    何とか見逃してもらえてほっと胸をなで下ろした。

    言える訳がない。

    河原で誰と居て何があったかだなんて。

    『思い出すだけで顔から火が出るんやから。』

    今度はみっともない事はしないぞと意気込んだ。

    『ん?今度はって会う事はあるんやろか?』

    また偶然があるのだろうか。

    その偶然に密かに期待した。最近店番が楽しくない。

    人が訪ねてくる度にびくびくしてしまう。

    甘味屋だからお客が来るのは当然じゃないか。

    『次来るのが弥一さんかもしれへん,来たらどうしたらいいんやろ。』

    唸りながら,おどおどと店の中を歩き回る三津。

    「おトキさん,みっちゃんが変や。どないしてん?」

    困った顔で三津を見ていたトキに客たちが耳打ちをして,三津の身に何が起きたかを尋ねた。

    看板娘があの様子じゃ商売あがったりだと,トキは三津にお遣いを頼み店から放り出した。

    『これで何回目やろ。店追い出されるの。』

    うなだれて溜め息をつき,とぼとぼと歩いた。

    弥一から直々に求婚されてから三津は三津じゃなくなった。

    落ち着きがなくおどおどして,表情も強張ってしまう。

    だから最近はあまりお店に立たせてもらえず,子供と遊んで来いだのお遣いに行って来いだの,体よく放り出されていた。

    『うー私の阿呆,役立たず。』

    がっくり肩を落としながら,これぐらいはちゃんとこなそうと言い聞かせてお遣いを済ませた。

    前掛けに簡単に結い上げた髪。

    その後ろ姿を見つけて,そろりそろりと近く影。

    三津の背後に忍び寄り,ある程度まで近付くと勢いに任せてその背中に飛びついた。

    「おわっ!」

    突然の衝撃に前のめりになったが何とか右足で踏みとどまった。

    『町中やのにこんな事する奴はあいつしかおらんな。』

    その相手を予想してゆっくりと後ろを振り返ると,

    「びっくりした?」

    にんまりと笑った宗太郎が三津を見上げていた。

    宗太郎の登場に口元を緩ませ,うんうんと頷いてやると悪ガキはより嬉しそうな顔をした。

    「迷子やろ?店まで連れてったるわ。」

    そう言って胸を張ると三津を先導するように歩き出した。

    「助かるわ。」

    三津はくすくす笑いながらその背中について行く。

    『ホンマに助かる。宗太郎にはどれだけ助けられてるやら。』

    自分を笑顔にしてくれる宗太郎の存在がどれだけ大きいか。

    小さな彼はそれには気付かないだろうけど,そこいらの男より頼りになるんだ。

    何度もちらちらと振り返っては後ろにいるかを確認する姿が,小さくても頼もしくて何より可愛い。

    そして何度か振り返って最後は手を繋ぎにやって来て隣に並ぶのだ。食欲の失せる暑さでも甘味屋に訪れたこの男。

    壬生浪士組 沖田総司

    目の前の葛きりに見せる笑顔は少年さながら。

    満面の笑みをもって豪快に一口頬張った。

    『あぁ幸せだ。』

    今にもとろけ落ちそうなほっぺたを押さえて甘い時間に浸った。

    「ただいまっ!」

    三津と宗太郎のご帰宅だ。

    宗太郎は自分の家かのように店に飛び込んだ。

    引っ張られながら三津も続く。『このお店の姉弟かな?仲の良い姉弟だ。』

    お客達にもお帰りと声をかけられている二人を横目で見ながら,もぐもぐと口を動かす。

    「今日も迷子で宗太郎に道案内してもろたんか?みっちゃんは。」

    相変わらず道を覚えないんだなとお客にからかわれ,三津は恥ずかしそうに頭を掻いた。

  • どうしようもない空腹感と闘ってようや

    どうしようもない空腹感と闘ってようやく朝が来た。

    さて,昨日は逃げ切ったものの本当の試練はここからだ。

    今日一日の間にどんな風に自分を丸め込んでくるか,あらゆる角度から想定しながら身仕度を整えた。

    『今日も一日長そうやなぁ。』

    清々しい朝なのに気が重い雄性禿

    大きな溜め息を一つつき,

    「腹が減っては戦も出来へんわ。」

    飢えた体でとりあえずは朝餉の準備に向かった。

    「おはよう。」

    台所にはすでにトキが居てご飯を炊いていた。

    「おはよう。」

    なるべく目を合わさないように微妙に視点をずらして挨拶を交わした。

    「食べや。」

    たすき掛けをする三津にトキはおにぎりが乗った皿を突き出した。

    「ありがとう!」

    さっきまでの気の重さはどこへやら。

    爛々と目を輝かせ,すぐさまおにぎりを頬張った。

    「美味ひい。」

    「口に入れたまま喋りな飲み込んでからにして。それに言わんでも分かってるから。」

    トキは子供じゃないんだからと呆れた顔で三津を見るが,たかがおにぎりでこれだけ喜んで目尻を下げるところが愛くるしく思えた。

    「食べたら早く手伝ってや。」

    呆れた笑みを浮かべながらもぶっきらぼうに言い放って三津に背を向けた。

    三人揃って朝餉の時間。それは三津の想像以上に静かなものだった。

    『何も言って来うへんなあ。』

    味噌汁をすすりながら二人の顔色を窺うも,功助とトキは黙々と箸を動かす。

    言い訳に傷の事を出したのが相当効果があったようだ。

    だとしたら,何だか悪い事をした気になった。

    周りが思うほど三津は背中の傷を気にしてなんかいない。

    むしろ残っている方がいいとさえ感じている。

    『やっぱり体に傷があるってのは女にとってはアカンのやなぁ。』

    いい筈がない。

    それくらい重々分かっているものの,二人の様子から改めてしみじみと感じた。

    何はともあれ,結果的にしつこく見合い話をされなくて済んでいるのだから良しとしよう。

    ただこれが,嵐の前の静けさじゃなければいいのだが

    残りの味噌汁を一気に流し込んで,

    「さぁ,洗濯洗濯!今日もいい天気や!」

    ご馳走様でしたと手を合わせてから席を立った。「あんな落ち着きない子なんか嫁に出した所で返されるわ。相手方には悪いけど今回の話は無かった事にしてもらって。」

    「そうやな。今日にでも伝えに行くわ。」

    何だかんだ言ってお互い三津には甘いなと思わず笑った。

    その日の夕方,縁談を断ったと聞かされ,ほっとした反面案外あっさり断ったんだなと拍子抜けもした。

    「でも覚えときや。あんたかていずれは嫁ぐ日が来るねんからな!」

    最後にしっかり念を押され,まだ諦めていないトキに苦笑した。

    『そんなに嫁に行かせたいんやろか。それともそれを口実に出て行かせたいんやろか。』

    何だか腑に落ちないと箒を片手に店の前で唸った。

    「そんな恐い顔してどないしたん?」

    向かいの家の主人に声をかけられ,はっとしてすぐにいつもの笑顔をつくった。

    「いやぁ,おばちゃんがね嫁がせようとするから此処におったらアカンのかなって。」

    正直に胸の内を話すと気持ちに合わせて眉も八の字に下がった。

    それを見た主人はそんな事ないと優しく三津の頭を撫でた。

    「みっちゃんは気立ての良い,よう出来た娘さんやから一人にしとくのが勿体ないんやで。」

    それがお世辞でも慰めでも,褒められたことには素直に喜び顔を綻ばした。

    「そっか。ありがとう元気でた!」

    三津はにこにこと笑いながら箒を動かした。

    だけど心のどこかにいつも不安が居座っている。

    自分は所詮居候だから出て行けと言われれば,そうするしかない。

    『嫁に行く気のない私が此処を出て行くのはいつなんやろ?』

    ふと手を止めて店の方に振り返る。

    他に働き口を見つけた時?

    功助やトキと大喧嘩してしまった時?

    自分の生まれた場所に帰りたくなった時?

    自分の事なのに全く見当がつかない。

    それでも離れる日はいずれ来るに違いない。

    遠いようで近いかもしれないその時をまだ想像出来ずにいた。

    三津は箒を手にしたまま店内へ踏み込んだ。

    「こら箒は外っ!」

    案の定トキに叱られたが三津はじっとトキの目を覗き込み,

    「もうちょっとここで甘えさせて?」

    笑みを浮かべて首を傾げた。

    ふやけたような,顔の筋肉が全て緩みきったような笑顔に,

    「許可なくても勝手に甘える癖に。」

    冷たくあしらいながらも優しく目を細めるトキだった。

  • の命を伸ばすことに繋がる、と

    の命を伸ばすことに繋がる、と。桜司郎は真剣な表情でそれを聞くと、大きく頷く。

     その後、松本は近藤と土方に対し、再三環境を整えることと清潔の必要性を説き伏せてから帰って行った。 その夜。中々寝付けずにいた沖田は、愛刀を手に布団からこっそりと抜け出す。iamjamay.wordpress.com 廊下に出て空を見上げると、雨は止んでいた。厚い雲の隙間から、煌々とした月が顔を出す。

     そこら辺に無造作に履き捨てられていた下駄を履くと、屯所の門を出て西本願寺の境内へ向かった。

     日中、松本と話をした大銀杏の木の下まで歩くと、その幹に触れる。

    『沖田君、あんたは恐らく労咳だ』

    『空気の綺麗な場所でゆっくり療養すれば、多少は進行を遅らせることが出来る筈だ。その為には、今すぐ新撰組を離れる必要がある』

     松本の声が脳裏で何度も繰り返された。今まで何人ものの命を奪っておいて、死が恐ろしいなどという世迷いごとは言うつもりはない。

     それよりも、自分はいつまでここに居られるのか、いつまで刀を振るえるのか。それだけが気掛かりだった。

     ふいにコホコホと咳が漏れる。労咳は人に伝染るという。今はそう頻度も多く無いが、これ以上酷くなるようであれば人を避けないといけなくなる。だが風邪として誤魔化せる間だけは、誰にも言わずに秘めておきたい。誰にも迷惑を掛けたくない。

    ──まだ必要とされる沖田総司で居たい。

     沖田は左手にある刀の鞘を固く握り締めた。その時である。門の向こうに人影が見えた。石を踏み締めて此方へやって来るのが分かる。

     月がその人物を映した。手元には同じく刀が握られている。

    「土方さん……。夜中の散歩ですか」

    「お前こそ。寝巻きで何やってんだ」

     呆れたような声が空に吸い込まれた。沖田はクスリと笑うと、刀を木に立て掛けて自身も凭れる。

    「寝付けなくて。貴方は?」

    「まあ、俺も似たようなモンだよ。……邪魔したな」

     土方も沖田同様に松本の言葉が引っ掛かっていたのだ。沖田の寝付けない理由が気になったが、時に男には一人になりたくなることがある。つまりそういう事だろうと、土方は去ろうとした。

     その去りゆく背に沖田は口を開く。

    「ねえ、土方さん。たまには稽古、しませんか」

     楽しげな口調とは裏腹に、沖田は殺意に似たような物を身に纏った。そして鯉口を切る。

     その音に土方は驚きの表情を浮かべて振り返った。だが、すぐに口元には不敵な笑みが浮かぶ。

    「私闘は御法度なんだがな。まあ、良い。肩慣らしに久々に付き合ってやる」

     土方はそう言うと、刀をすらりと抜く。土方が応じたことが余程嬉しかったのか、沖田は満面の笑みを浮かべた。

    「いつか、こうしたいと思っていたんですよね。土方さんたら、稽古にも中々顔を出しやしないですし」

     平青眼に構えられた刃の切っ先が、土方の喉元を狙っている。本当に稽古かよ、と土方は苦笑した。

    「俺ァ忙しいんだよ。だが、っちゃいねえぜ!」

     土方はその言葉と共に地を蹴る。沖田は即座に反応して、切っ先を真っ直ぐに突き出した。寸で避けたが、刃先は土方の束ねられた毛先を掠め、数束ほど宙に舞う。

     土方は沖田の空いた胴を狙って切込みを掛けた。しかし、それはすぐに抑え込まれる。

     二人は間を取るように後ろへ下がった。空気が、新品の

  • いではないですか。

    いではないですか。素直に感情を表現することも、鈴木君の良さですよ」

    伊東の言葉に、前を歩く土方は面白くなさそうにそっぽを向く。暖かい気候だというのに、この二人を取り巻く空気だけ冷たかった。

    桜司郎は冷や汗をかきながら、伊東の顔を垣間見る。

    全く気にしていないと言わんばかりに、經痛不會找不到原因! 婦科醫曝「長期靠止痛藥」下場 飄々と涼し気に歩いていた。

    永倉に藤堂と土方が衝突しないように見張れと言われたが、それ以前に伊東と土方が喧嘩しそうだとため息を吐く。

    だが、 京にいる頃や道中よりかは土方も伊東も肩の力が抜けているように見えた。この穏やかな江戸の風のお陰なのか、それともそのからなのかは分からない。

    斎藤に限っては京だろうが江戸だろうが一切変化を見せなかった。彼らしいと桜司郎は口元を緩める。

    「鈴木。どうだ、江戸は。何も思い出せねえか」

    土方は首だけを捻って、後ろを歩く桜司郎へ話し掛けた。

    「うーん……分かりません。でも……

    「でも?」

    「江戸……好きかも知れません」

    その返答に、何だそりゃと土方は笑う。斎藤と伊東も口角を上げていた。

    何とも抽象的な返答だとは自分でも思っていた。だが、風を切って歩く度に全身が喜びに近い感情に震えているのが分かる。懐かしさとも、郷愁とも言えぬ感覚が腹の底から湧き上がっていた。

    「そう言えば、今日はこれから何方へ行くのですか」

    「そうさなァ、先ずは俺らは試衛館へ行って大先生へ挨拶をする。行く所が無いんなら、共に来い。……伊東さんはどうする、深川へ行くか?用があるんだろう」

    大先生とは、近藤の養父で試衛館の先代道場主である近藤を指す。土方が"バラガキ"として竹刀を片手に暴れ倒していた時代に大変世話になった大先生だ。そのため、江戸に帰って直ぐに親族を差し置いてでも挨拶へ行くのは当然のことである。

    土方としては自身の恥ずかしい昔話が伊東に知れるのは、不都合だった。その為、何としてでも伊東を家へと帰したいと考えている。

    その言葉に、伊東は考え込むように顎に手を当てた。その姿ですら絵になるようで、町娘が熱っぽい視線を向けている。

    「そうですね。お言葉に甘えてそうさせて頂きます」

    伊東はサラリとそう言うと、土方はふんと鼻を鳴らした。伊東と別れた後、土方と斎藤に続くように、桜司郎は歩いていた。

    京を離れて早二十日程度が経とうとしている。そのうちの殆どが歩き詰めで、気を抜けば座り込んでしまいそうな程に疲弊していた。

    急ぐような旅では無いと言いつつ、特段何処かで観光をしたりで寛いだりすることはない。日が暮れたら泊まり、黙々と食事と風呂を済ませて日が明けたら出立する。これを延々と繰り返していた。

    面子が面子のため、これといった会話を楽しむこともせずに黙々と歩いたせいか常に緊張感が隣にいた。

    沖田や松原、山野に馬越がいたら楽しかったのかなと思いつつ、それはそれで疲れたら甘えてしまいそうだから居なくて良かったのかも知れないと苦笑いをする。

    ──それにしても。やはり何かが違う。

    京の街を初めて見た時はただの感想しか出なかったが、江戸の街はやけにざわついた。

    「周斎先生はお元気でしょうか。俺はお会いするのはく振りです」

    「あの爺さんは中々くたばりゃあしねえよ。この俺ですら歯が立たねえんだから」

    土方と斎藤は談笑を交わす。ふと、後ろを歩く桜司郎の様子が気になった土方は振り向いた。

    すると桜司郎は少し離れたところに立ち尽くしており、覆い被さるような桜の枝の下で目を細めて複雑そうな表情を浮かべている。

    普段の明るい気性とは全く異なり、まるで別人のようなそれに土方は僅かに動揺した。

  • 「……総司。

    ……総司。俺は直に江戸に行く。お前も一緒に来るか」

    江戸では藤堂が勧誘を続けている。その隊士らを迎えに行くついでに、更に勧誘をしようと考えていた。

    もはや、立ち止まることは出来ないと己を戒めるかのように土方は忙しなく動いている。

    ……いえ、私は近藤先生をお守りしなければなりませんから。斎藤君辺りどうですか」

    「お前の代わりなら、確かに斎藤だろうな。每月「血崩」伴隨血塊 藥性子宮環助女士減經血量及回復正常生活 ……後、鈴木も連れて行こうと思う。彼奴は確か、記憶が無えだろう。話し方が江戸の出のような気がするからよ、何かのきっかけにならねえかと思ってな」

    土方の口から挙がったその名に沖田は僅かに目を見開いた。

    ──確かに私の弟分として入隊したが、彼の正体は女性だ。旅となればそれがバレてしまう可能性だってある。だが、失った記憶を取り戻すきっかけになるのであれば……

    「もう、彼には言ったのですか」

    「いや、まだだ。今夜にでも言うつもりだよ」

    土方は愚痴に付き合わせた礼のつもりで、それを考えていた。案外律儀な男なのである。

    「邪魔したな。また本願寺で会おうぜ」

    何と言えば良いのか考えているうちに、土方は去ってしまった。

    ──女性だと分かれば土方さんは怒って離隊させるだろうな。江戸に置いてきてしまうかも知れない。でも、それがきっかけで記憶が戻るとすれば、彼女の為になるのかな。

    ……どうすれば良いんですかね、山南さん」

    沖田はそう呟くと、文机に顔を伏せた。気付けば沖田はそのまま寝入っていた。連日の忙しなさに巻き込まれ、疲弊していたのだろう。

    やがて障子から射し込む陽の色は橙へと変化していた。引越しの準備で賑わいを見せていた前川邸はすっかり静まり返り、庭に植えてある木が風に吹かれる度に音が響いている。

    それに混じって廊下の板がギシギシと踏み鳴らされた。かたり、と音がして沖田は目を覚ます。

    そして反射的に左に置いた刀に手を掛けた。

    誰かが部屋の障子を開ける音がする。沖田はその方向へ目を向けた。だが、外の暗さも相俟ってその人物の顔はすぐには分からなかった。

    「沖田君、貴殿は何故此処に……

    声を聞くなり、沖田は僅かに目を細める。そこに立っていたのは今はあまり会いたいとは思わなかった人物だった。

    「伊東さん、貴方こそ。どうしましたか」

    「西本願寺に移る前に、山南君へ渡したい物がありましてね」

    伊東はそう言うと、袂から一枚の紙を取り出す。

    そしてそれをそっと文机の上に置いた。

    「これは……?」

    「大した物では有りませんよ。山南君へ捧ぐです。どうぞ、気になるのならご覧になって下さい」

    伊東は物腰柔らかにそう言うと、立ったまま壁に軽く寄り掛かる。

    沖田は見るか迷ったが、好奇心に負けてそれへ目を移した。

    ──山南氏の割腹を弔て

    春風に 吹き誘われて 山桜 散りてぞ人に 惜しまるるかな

    吹風に しほまむよりは 山桜 ちりてあとなき 花そいさまし

    守りともなれ 黒髪の みたれたる世に 死ぬる身なれは

     

    あめ風に よしさらすとも いとふへき 常に涙の 袖にしほれは

    ……どうでしょう。ほど詠ませて頂きました」

    そう呟く伊東の声は何処か寂しさを孕んでいる。山南の立場を利用しようとしたり、挑発するような真似をしたりしたものの、人間として好ましく思っていたのだ。

    言葉の節々に多少の打算は含ませているが、山南が"良く出来た男"と伊東を評したように基本的に人は良い。

    句の善し悪しは沖田にはあまり理解出来なかったが、どれも品があり素直な句だと思った。

    ……伊東さんの目には、山南さんは桜に見えたのですね」

    沖田の問い掛けに伊東は頷く。昔から武士は桜として喩えられてきた。その散り際は潔く、そして美しい。まさに山南の最期を示す木だと沖田は思った。

    「有難う、ございます。きっと山南さんも喜びますよ」

    それは心からの言葉である。伊東の腹積もりが何なのかは分からないが、少なくともこの句だけは

  • 「勇さんの…が、うつっちま

    「勇さんのが、うつっちまったんだよッ。阿呆!」

    そこからは二人して静かに弔うように泣いた。

    今夜だけは、友を失った一人の男として泣いても許されるだろう。そう信じながら。翌日。弱々しく射し込む太陽が嵯峨野の山へ沈む頃、山南の通夜が近所の光縁寺で執り行われた。

    奇しくも山南の家紋である、月經失調|經血過多、有血塊別忽視!醫生分享1個改善方法 "丸に右離れ三つ葉立葵"を持った寺であり、山南とも親交があったという。

    その翌日には葬儀が行われ、最後の別れを惜しんだ。

    近藤は終始顔を赤黒くして口元を真一文字に引き結んでいる。土方や沖田は肩を震わせながら顔を伏せ、井上は声を漏らしながら泣いていた。永倉と原田は互いに背を叩きながら、何とか涙を堪えようとしている。

    江戸からの仲間のみ光縁寺に残り、他の隊士達はらに屯所へ帰って行った。

    桜司郎、松原、山野、馬越は何となく屯所に戻りたく無いと、坊城通りを南に歩いている。

    壬生菜畑を西陽が照らしていた。何処からかがホーホケキョと鳴いている。

    山南総長は、立派な切腹を遂げはった。死を前にしても取り乱しもせず、穏やかに微笑んどった。あん人は本物の武士や」

    桜司郎の隣を歩いている松原がぽつりと呟いた。

    その目は兎のように赤く、何度も鼻水を啜っている。

    その後ろを歩く馬越は何処か遠い目をして、空を見上げた。

    武士は死が怖くないんですか」

    武家の出ではない馬越は、山南や松原のように生まれながらにして武士の気持ちがいまいち分からないようである。

    馬越の隣を歩く山野は野辺の花を見ながら、口を開いた。

    「怖くても、怖いと言わないんだよ。無論、人間だから怖いだろうが、その恐怖を乗り越え動じない自律心を持っているのが武士だ。俺はそう言われて育ったぜ」

    「せや。それが武士っちゅうもんや。……せやけど、ワシは自信無いのう。いざ腹を詰めるとなったら自分がどうなるかは想像付かん」

    松原は眩しそうに目を細めて西陽を見ては、足元へ視線を移す。目の前の小石を軽く蹴った。

    そしてに桜司郎の肩に手を回す。突然のそれに足を取られて転びそうになるが、松原が支えた。

    「おっと、すまん。なんや、鈴さん随分と静かやないか」

    桜司郎はただ表情を固くしたまま歩いている。どうも、山南が死んだという実感が湧かないのだ。

    介錯を務めた沖田があれ程憔悴していたのだから、山南は間違いなくこの世の住人では無くなっている。

    去年までの記憶は最早残っていないが、あまりにもこの一年で人の死の影を感じる場面が多すぎた。死を惜しみ、悲しむ暇もなく次の人が死ぬ。

    無情な世界だ、と思い目を細めた。

    「人は死んだらどうなるんだろうって」

    桜司郎は初めて言葉を発する。何となくだが、自分は死に近いものを体験しているような気がした。

    暗闇に堕ちていくような感覚が、朧気ながらも何処かに残っている。

    何かが焼けるような匂いが鼻腔を掠めた。

    「ご、御浄土へ行くか地獄へ行くか、ですよね」

    「輪廻転生という言葉もあるよな。まあ、人を殺している俺らは生まれ変わっても畜生だろうけどよ」

    「輪廻転生……。生まれ変わるという事ですよね。山野君は生まれ変わりたいのですか?」

    「んん、まあそうだな。俺も武士の端くれだからさ、いつ死んでも良いように覚悟はしている」

    山野と馬越の会話を背で聞きながら、桜司郎は神妙な顔付きになる。理由は分からないが、やけに鼓動が早くなった。冷や汗が

  • 何が彼の中で起きている

    何が彼の中で起きているのかは分からないが、桜司郎にとっての山南は、優しく暖かい人間性を持った上司だった。

    「優しくて聡明、か。確かにそうだな……

    土方の脳裏には、葛山を切腹させた時に"貴方が心配です"と言った山南の声が浮かぶ。

    山南はいつでも非難ではなく、心配をしていた。それに気付かないうちに甘えていた自覚はある。

    山南の優しさが心地良かった。

    今回も、自分の心の悲鳴を察して隊務へ復帰しようとしてくれたのだと思っていた。

    土方は盃を一気に傾ける。大きく息を吐いて、Yaz事前避孕丸- SEX:: 有關性的 口の中にまとわりつくような不快な酒の臭いを打ち消した。

    「だけどな、山南は俺のことを裏切ったんだよ」

    土方はギリ、と歯を噛み締める。苦々しい表情を浮かべた。

    "私にしか出来ないことが分かった"なんて言っておきながら、結局アイツは山南は逃げたんだ

    桜司郎は土方の弱音に驚きの表情になる。これを自分が聞いて良いものかと視線を彷徨わせた。

    「違うな、俺に対する復讐のつもりなんだ。山南は、どうすれば俺が苦しむか知っていやがる。アイツの思惑通りだ、苦しくて仕方ねェ」

    土方は苦悩の表情で頭を抱える。

    人間というものは、追い詰められた時にこうと決めると、それしか見えなくなるという。まさに土方はそれに陥っていた。

    常に威厳を纏い、鬼の副長と呼ばれている土方も人の子なのだ。むしろ、この姿こそが本当の土方なのかもしれない。

    そう思うと、土方に対する恐れが消えていく。そして彼が吐いた復讐という言葉に対して引っ掛かりを覚えた。

    「副長、私の考えを申し上げても?」

    「何だ。言ってみろ」

    土方が求めているのは同意であり、意見や答えではない。そう分かっているが敢えて桜司郎は発言を選ぶ。

    「復讐では無いと、思います

    桜司郎はポツリと呟いた。土方は頭を抱えたまま、声の主を睨む。

    復讐をするとしたら、土方副長が一番大切にしていた物を壊そうとするじゃないですか。副長の大切な物は、この新撰組でしょう」

    例え山南が本気で土方を憎んだとすれば、その時は新撰組のことも見限るだろう。聡明な山南であれば、どうすれば隊内を崩すことが出来るのか理解している筈だ。

    だが、それをしなかったということは、少なくとも土方に対する恨みの感情はないことを指す。

    それを聞いた土方はハッと息を呑み、顔を上げた。そしてみるみる泣き出しそうな位に顔を歪める。「むしろ、山南総長は命を賭けてでも伝えたいこと、守りたいものがあったのでは無いでしょうか

    「うるせえ、うるせえうるせえッ!お前に、お前なんかに俺たちの何が分かるッ!」

    土方はそう叫ぶと、盃を壁に叩き付けた。だが桜司郎は怯むことなく真っ直ぐに土方を見る。

    土方が答えを求めて苦悩を吐き出した訳ではないということは、分かっていた。それでも今、少しでも凝り固まった感情を解しておかなければ、いざ対面した時に取り返しのつかない事になるかもしれない。

    桜司郎はそう考えていた。

    分かりませんよ。私に分かる訳が無いじゃないですか。副長の方が、山南先生の事をご存知でしょうに」

    土方は荒い息を何回か吐くと、肩の力が抜けたように項垂れた。溜め込んだ物を発散したことで、幾許かは冷静になれたのだろう。

    ……山南の、馬鹿野郎ッ」

    真に裏切った訳では無いということは、土方も内心では分かっていた。

    山南のせいにしておけば心が軽くなると思っていたのだ。だが、ますます心は重くなるばかりでどうしようもない。

    土方は片手で顔を覆い、俯いた。

    ……土方副長。山南先生が戻ってきたら、話しをして下さい。後悔しないように」

    あいつの事ァ総司が逃がすぜ。何たって、兄貴分だったんだ。いや、その為に総司を行かせたんだ

    その声は、もはや懇願にも近い。

    朝が来れば山南は脱走扱いとなり、隊規に照らして切腹を言い渡さなければならなかった。

    身内だからと甘く見るのは、山南が許さないだろう。

  • 「ほ、本当です。

    「ほ、本当です。沖田先生の背中を守れるか見定めると」

    ……他に何か言っていたか」

    土方の問い掛けに、桜司郎は山南の言葉を思い出す。

    『総司の事、後は宜しくお願いしますね。彼は寂しがり屋ですから』

    だが、未だ衝撃を受けている沖田の前でそれを言う気にはなれなかった。

    どれだけ沖田が山南を慕い、【經常痛?正經CHECK! 】 流量多,甚至有血塊! 經血過多 山南が沖田を可愛がっていたのかを知っているから。

    「いえ、後は何も……。お休みなさい、と」

    「という事は、それが最後の目撃情報って訳だ」

    土方はそう呟くと、沖田の横に座った。そしてその肩に手を置く。

    沖田の目の前には、一枚の書状があった。

    見慣れた美しい筆跡で、"大津宿にて山を見てから、江戸に行きたく候"と書かれている。

    大津宿とは、京と江戸を結ぶ東海道にある宿場のことを指した。五十三次の中でも最大の規模を誇っている。

    「総司、お前が追っ手だ。山南の野郎を連れ戻して来い」

    そう言った土方の声音は優しかった。だが、沖田には酷薄に聞こえる。

    その脳裏には、いつか話した山南の言葉が浮かんでいた。

    総司、私はね。江戸に行きたいと時々思うんです』

    『勿論、今の体力では行けないことは分かっていますよ。それでも江戸に、試衛館に帰りたい……と』

    沖田は書状をジッと見詰める。山南がどのような思いでこれを書いたのか、分からなかった。

    沖田は顔を伏せたまま、口を開く。

    山南さんは、江戸に試衛館に帰りたがっていました。追う必要が、ありますか」

    絞り出すように発したそれは自分でも驚く程に、悲哀に満ちた声をしていた。

    「歳……、もう良いんじゃないか。山南君は疲れていたんだ。それに、何も総司に行かせなくったって」

    近藤は土方の隣に立つとそう言った。その発言を聞いた途端、土方は目を剥く。

    そして近藤の胸倉を掴んだ。

    「近藤さん、何で大将のお前さんが其れを言えるんだ。法度を知らねえとは二度も言わせねェぞ。あれは俺と山南が作ったんだ」

    土方は息を深く吐きながら、そう言い捨てる。まるでそれは近藤を通り越して、自身にも言い聞かせているようだった。

    恐らく、一番困惑しているのは土方なのかも知れない。「土方さんの気持ちは分かるけどよ、総司に行かせるのは俺も酷だと思うぜ」

    そこへ永倉が助け舟を出す。土方は近藤から手を離すと、永倉を睨み付けた。

    何の為にわざわざ山南が行き先まで書いたと思ってやがるんだ。本当に逃げたい奴がそんなモン書くものかよ。あいつは、待ってんだ」

    土方の言う通り、本当に逃げたいのであれば行き先は書かないのが普通である。

    何の考えも無しに、そのような不可解な行動を取る人間ではないことはこの部屋にいる全員が分かっていた。

    山南は追い掛けて来い、という指示を出しているのだ。そして答えはその先でしか得られない。

    山南は何をしたかったのか、何を伝えたかったのか……

    分かりました。行きます。山南さんもそうですけれど、土方さんが読み誤った事なんて無いですから」

    沖田はそう言うと、ゆらりと立ち上がった。未だ嘗て無いほど、その表情は暗い。沖田先生、と桜司郎は小さく呟いた。それに気付いた沖田は部屋を出る際に、桜司郎の頭を撫でる。

    「桜司郎君、私が居ない間。一番組を頼みます。山南さんの試練、合格したのでしょう?良いですよね、土方さん」

    その問いに土方は小さく頷いた。